ヒトは 自分が どこかで必要とされている時は 自分を語る、必要を感じない?
そうなのかもしれないと 思うこの頃(この私も、🐢とけんかした後は 書くことがいっぱい出てくる)
先日読んだ本に ヒトは進化の過程で 進化しそこねた?と思われるようなことが多々あるのだと書いてあった
それは 他の動物とは違って ことばを手に入れたことと無関係ではないらしい
その 進化そこねた、という言葉も 問題ありだね
何を進化ととらえるのかによって それの見方は180度も違う
生存するための様々な技術革新は かえって ヒトを生きにくくしてきたというその考えに 目からうろこだ
NHKスペシャル認知症の第一人者が認知症になった
録画していたのを見た
認知症研究に生涯をささげておられた長谷川先生が デイサービスへ妻の負担を軽減するために行くが そこでのやりきれないくらいの無表情が 印象的だ
言葉が分からくなって話せないのではなく、「自分の言葉」に自信がなくなり、殻に閉じこもってしまうということ。確かさを取り戻すためには、他者との絆が重要であること
最後 認知症になって見える景色は?と問われて
ふつうです
と彼は答える
不安はあるけれど その不安さえも 確かに認識できなくなることが 救いなのかも、とも
昨夕の夕焼けに見とれてしまった
今にも 龍が立ち上がってきそうな
わたしの知らないところで 自分のことばを語っている、ヒトがいる